或阿呆の初体験

男は童貞であった、男は童貞を恥じていた、また童貞を正当な手段で捨てることの困難すらも自覚していた。男はツイッター援助交際を募集する女の存在を知っていた。男がツイッターの検索欄に、ハッシュタグプチやらサポやらのワードを入れて検索をかけると、数多の援交募集ツイートが出てきた。巨乳好きの性癖を抱える男は、Gカップをプロフ欄にて自称する一人の女に目をつけた。DMにて料金体制を尋ね、その日のうちに約束を取り付けた。勿論要求は本番行為であった。場所は新宿の某完全個室型ネットカフェ、話によると新宿や代々木、池袋に点在するこのネットカフェは売春の温床となっているらしい。完全個室で鍵もかかり、30分の利用料金がワンコインで済むという点で、援交女子やその利用客にとっては極めて都合が良いそうだ。男はシャワーを浴び、長い事切っていない蓬髪を整え、髭を剃り、包茎の内側にこびりついた悪臭を放つ物体を取り除き、小綺麗な洋服に身を包んだ。約2日ぶりの外出であった。

電車に揺られる事20分、新宿駅に到着した男は東口の改札を通過して、指定されたネットカフェを目指した。ネットカフェに到着した男はしばらく入り口にて待っていたのだが、居ても立っても連絡が来ない。男は不安になり、女のDMに再度確認の連絡をした。するとすぐに返信が来て、もう既に入室済みだという。男は緊張の面持ちで、女の待つ部屋のドアをノックした。すると出てきたのは茶褐色の肌でどことなくギャルっぽい雰囲気を漂わせた、人当たりの良さそうな女であった。女は笑顔で感謝の旨を伝え、部屋の中へと誘い入れた。先ほどまで不安と期待と緊張で内混ぜになっていた男のアンビバレンツな内心に若干のゆとりが生まれ、男は少し頬を和らげた。何をしたいかと聞かれた男はDMで予め伝えた通り、本番行為を要求した。それを聞いた女は現在生理であるがそれでも良いかと問い返した。男は質問の意味がよくわからず、それでも良いと再度返答した。本番行為の料金16000円を前払いした後、下着姿の女はブラジャーを脱ぎその豊満な胸を露わにした。生まれてこの方母親以外の乳房を見たことがなかった男はあまりの造形の美しさに狼狽し、正直性的興奮どころではなかった。乳房を拝み、触り、舐める過程において確かな感動がそこにはあった。あまり乳房ばかりに気を取られていても仕方がないから、女の主導で男は寝かせられ、予め購入しておいた避妊具をバッグから取り出し、女に渡した。女はなんの躊躇もなく、男の男根に避妊具を装着し、口淫によってそのフィット感を増大させた。初めての口淫に避妊具越しとは言え、興奮した男は、ここで初めて性的な欲動を覚え、男根は徐々に怒張の傾向を呈した。初め男は騎乗位を要求した。なにぶん勝手のわからない物だから、取り敢えず女主導でやって貰うのが手っ取り早いと考えたためであった。然しながら、先程の怒張も束の間、徐々にエレクトは減弱していき、騎乗位に耐えうる硬性を維持することが出来ない。難しいことを察知した男は、正常位にシフトし、今度は女を寝かせ自分が上に覆い被さる形をとった。正面で見ると可愛げのある顔も、仰向けになると、不思議な事に、よほど器量が悪く思える。仰向けの不器量な女を前にして、なんとか怒張を取り戻した男根を、再度膣内へインサートした。これにて男は一応の童貞の喪失?を果たしたのである。然しながらここからが問題であった。あれだけ夢見た挿入行為であるのにも関わらず、全く気持ちが良くないのである。安物の避妊具のせいなのか、女の膣内が使い古されているからなのか、よく分からないが、兎に角今まで夢想していた入れた瞬間のカタルシスのようなものは寸毫もありはしなかった。それに動きを加えても同様であった。また男は体力の消耗を感じた。腰を前後に動かして、男根に刺激をなんとか与えようとするが、その単純作業感、労働感、或いは義務感に早い段階で萎えてしまった。性行為とはここまで虚しく、辛く、倦怠な物なのか、なんらの感動と快楽もない、ただそこには無味乾燥なる単純労働があるだけだった。そして萎え切った男根を膣内から取り出してみると、男根を包む避妊具にはびっしりと生理中の経血がこびりついていた。性行為に対するロマンスの消滅に加え、初めて見る女の生理中の経血に閉口した男は尚更、性的興奮どころではなくなってしまった。

それ以降というもの、男のふやけた男根を見て気を遣った女は手淫へシフトし、なんとか乳首を舐めたりする事で、射精に至らしめようといじらしくも努力していたが、その健闘も虚しく、男の男根が怒張の回復を見せることはなかった。狭い、男女が二人寝るのにやっとのスペースで低い天井を見上げ、男は様々なことを考えていた。俺は一体何をしているんだろう、童貞を捨てたというのになんらの感慨もない、天井に映るのは父や母の顔であった、幼い頃の純粋な自分とそれを笑顔で育てる両親、そんな映像と現在のギャップがサブリミナル的に交差した。男が空虚感に浸っていると、もう制限時間が迫ろうとしていた。男は女の努力を断り、ただ一緒に横臥することを求めた。女の身体を抱くというのは気持ちの良いものであった。射精という男性としての有能性、献身性を放棄した、純粋なる依存は男の子宮回帰願望を刺激した。終了のアラームが鳴り、男が服を着ると、女はただ一言ごめんねと言った。男は情けなくなった、女を金で買い、その上娼婦の自尊心を傷つけたのだ。そんな自分が心の底から憎かった。女と別れの抱擁をした男はとぼとぼと無表情で、虚脱感に苛まれながら、そのネットカフェを後にした。

ネットカフェから帰宅後、男は即座に入浴し、自らの汚れを払おうとした。今更、キリスト教的な婚前交渉否定主義的な、純潔の精神などどこにもなかったが、それでも何故かあの女の匂いを、ネットカフェのあの暗鬱な雰囲気を、拭い去ろうとした。男根は安物のゴム素材の不快な臭いを放っていた。この体験で少なからず男が得られた事といえば、性体験の神格化からの脱却であった。男子校出身なこともあり、性体験と無縁な生活を送り、性体験といえばフィクションやネットの中だけのこと、それは本当に素晴らしいもので、この世のものとは思えないほど気持ちの良いもの、そういう幻想を破壊できたという点においては男は一つ賢くなったといえよう。また、自らがこの世で最も汚い手段で以って童貞を喪失したことは、男の処女信仰を希薄化させる事にも繋がった。以上のような収穫を自認することで、今回の愚行をなんとか正当化しようと試みる男であったが、その心にぽっかりと生まれた後悔や反省ともつかない、微妙な空白の扱いに困り果て、男はその日は早くに眠りについた。