<1> 彼にはある悪癖があった。彼は殆ど他人を必要としない生活を幸か不幸か確立していた。彼は一応は学生という身分であるものの、大学には殆ど行かずに、大学の学問とは直接関係のない、もはや今では忘れ去られた古い学問に熱心であった。その古い学問との関わりというのも基本的には孤独なもので、インターネットを介して、目をつけた書籍を購入し、それが一人暮らしのワンルームマンションに届いたら、黙々と読むという、およそ他人との関わりを感じさせないものであった。
彼は、殆ど愚にもつかぬ学問的努力が、みずからの精神的な虚弱を原因として煮詰まってくると、きまって普段は抑制されている、性慾と寂しさの虜になった。学問的な努力という、きわめて脱性的で昇華的なこころみが、彼のこうした悪癖からの唯一の逃避先となっているのは、こうした経緯からもおのずと明らかであった。
彼は学問的努力の停滞を感ずるがはやいか即座に、匿名の通話機能を具えたサービスを起動し、そこで束の間の、倒錯的な安らぎを得るのであった。そのサービスは世俗の猥褻を煮詰めたかのごとき、醜悪な様相を呈していて、ユーザーの年齢層は10代前半から20代前半という若年者のみが集う環境であった。
彼はそこで、いかにも生育環境や学校での人付き合いに問題のありげな少女を発見しては、彼の浅薄な人生遍歴や読書経験から培った、さまざまの心理学的解釈を駆使して、狡猾に少女の心の傷に入り込むことに、無常の悦びを感じていた。 ただ、この無常の悦びが、端的な誤解に基づくものであること、普遍的なメシア・コンプレックス的幻想の生み出す罠であるということに自覚的であるていどには、彼は賢明であった。
彼はその日も、学問的努力の行き詰まりを感じるや否や、数ヶ月前にアンインストールしてあった、当該の匿名通話機能の付属するサービスを再度スマートフォンにインストールし、自身の精神的虚弱や無能を慰めることを企図していた。 彼はそこである少女に出会った。匿名通話アプリでの常識として、通話である程度の親交を深めて以降に、現実での接触を狙うという原則が存在するが、その少女の振る舞いはきわめて性急であり、出会ったその晩のうちに接触し、そのうえで、相手の自宅に泊まるか、あるいはホテル代を出してもらった上で、そこに宿泊するかのいずれかを要求していた。
普段の彼の得意とする、少女の内面における陳腐の悲劇趣味への、共感を装った懐柔の技巧、これを発揮するいとまを与えられることなく、彼は先ほども言ったような、性慾と寂しさの悪魔の囁きに導かれて、殆ど意思を喪った、夢遊病者のように、彼女を最寄りの駅にまで誘い出してしまった。
彼女は彼の住む埼京線の某駅に、終電を乗り継いで到着し、その装いは、彼の事前の趣味の提出も勘案されてか、匿名通話サイトの住人には似つかわしくない清潔と処女性を感じさせるものであった。 しかし、その装いの清楚とは裏腹に、彼女は、一度も会ったことのない、さっき通話で数分間話したていどの彼の腕に上半身を絡ませ、まるで、数年間の交際を思わせる恋人同士であるかのように、彼に対して媚態を呈するのであった。 彼は、匿名通話サイトでの少女の誘惑に自負があるとはいえ、実際に面と向かって、少女から誘惑されることには、まったく慣れていなかったから、女性との交際経験の皆無の童貞が、しばしば湛えるはにかみの微笑を頬に浮かべながら、師走の透き通った寒空の下で、白んだ吐息を吐きつつ、これから自分に訪れるであろう、誘惑の甘美を予見し、身体の内奥からほとばしる性慾の蠢きを、性器領域の緊張とその液体の分泌とから、感じないわけにはいかなかった。
<2> 彼は少女を自分の部屋へと案内した。彼は家出同然の少女の来宅のために、部屋を掃除するといった殊勝の精神を持ち合わせてはいなかったから、衣服の雑然と床に散らかった、7.5畳ていどの部屋に彼女を招き入れることには、すんごうの抵抗も示さなかった。
少女の居心地のわるさを持って回って感じさせる、その所在なさげな態度に、彼はいじらしさを感じていた。 彼は少女を部屋に招き入れた瞬間に、彼女をみずからの性慾の捌け口にするといった発想は持ち合わせていなかった。
彼は確かに自身の性慾とさみしさの鬱積を感じるがはやいか、ネットの同族の女をあさっては、籠絡するというこころみを習慣としてはいたが、それが必ずしも、実際の物理的な性器的接触を志向するものではないことは、彼の幾つかの経験から明らかだった。 また、彼には、性的不能という欠陥もあった。彼は以前より、ネットの女への誘惑のみならず、真剣に、一人の女と交際したという経験も、わずかながらに有してはいたものの、その時ですら、十分に心を許せたという、時間的・精神的の猶予なしには、成人の十全の性的結合を達成するのは難しかった。
彼はそこで初めて、少女の簡単なプロフィールや匿名通話サイトその他での淫蕩の前歴などについて、聞かされた。 そこには、巷間で見聞する、少女のいわゆる非行の全てが網羅されていた。手首自傷、過量服薬、援助交際……それらの陳腐でセンセショナルの概念の連続は、彼を感傷的にするどころか却ってどこか可笑しく感じさせた。他人の不幸な身の上話の紋切り型やテンプレートを耳にするたびに、それが電話口であろうと、実際の対面であろうと関係なく、その奇妙な納得感や解釈一致の安堵感に、思わず吹き出してしまうというのが、彼の性格の悪さの一端をあらわしていた。
いま、性格の悪さといったが、これは必ずしも彼の性格の悪さの一点のみに還元できる事象ではないかもしれない。なぜなら、人間には、他人の不幸話を聞いた時のその定型性に、一定の安堵を見出すという傾向が具わっているとしか、思えないためだ。 もし、自分が、誰か他の人に自身の不幸な身の上話を告白して、それが一笑に付せられてしまったにせよ、それはあまり悲しむべきことではない。なぜなら、その目の前の他人の反応の軽薄じたいが、その当人の置かれている状況の陳腐や矮小をいみじくも暴露しているからだ。
話を前に戻そう。彼は一通りの少女の来歴に耳を傾けたのち、彼女を自前の部屋着へと着替えさせて楽にさせ、自身の横臥するベッドで一緒に休むよう促した。 終電を乗り継いで彼女がここまで来たという先の記述からも明らかなように、夜はもうずいぶん前に更けており、時計の短針は3の数字を指していた。
彼は不能のコンプレックスを抱えているし、また、彼女のいじらしい少女性ないし処女性の面影に気圧されて、彼女が自分の真横で寝る体勢になっても、いまだに彼女の肌に触れることをためらっていた。そこには司法からの処罰の可能性への危惧もないではなかった。
彼にはある倫理があった。それは、世間の道徳とは違った倫理であった。仮に、刑法や条例その他の理由で裁かれる年齢差であったとして、そこに本来的な愛情が、刹那にせよ、芽生えたのであれば、それは道徳的にはまずくとも、倫理的には許されようというものだ。 グルーミングの標語で知られる性的手懐けの邪悪についてはむろん彼は自覚的であった。しかし、その自覚と同程度に、年少者との愛の夢想にとらわれる程度には彼はロマンチストでもあった。
自身の行為への世間からの断罪と、それを正当化するべく拵えた仮初の倫理との間の相剋に、彼は頭を悩ませ、少女の隣での横臥という誘惑にもかかわらず、殆ど身動きをとれずにいた。
「シたかったら、いつでもいってね、今日、生理だからエッチはダメだけど、手とか口なら大丈夫だよ。」
少女の屈託のない誘いは彼の胸を打った。
それまでに彼女から打ち明けられた、具体的の非行の数々が、ツルツルしたどこか現実味のない言葉であったのが、いまこの瞬間に結晶化した。男性への誘惑を唯一の拠り所として、男性に春を明け渡す対価に有形無形のやさしさを得ている彼女の生きざまが、どうにも哀しかった。そうして、こうした自身の哀しみが、安全圏からのシャーデンフロイデを決して越え出るものではないことをも知っているがために、彼の神経はよけいに融解した。
彼の内面の葛藤は、この彼女の悪気なき提案、彼女のそれまでの生きざまをなによりも、具体的にあらわす提案をキッカケとして、氷解のきざしを呈した。 彼はそこから少女の唇にみずからの唇を重ね、舌を絡めて、彼女のいまだに成長の余地を残した乳房へと掌を伸ばした。
堰を切ったように流出する彼の性慾と悲しみは、彼女の中に特定された性慾と悲しみを捉えて、不能の彼とメンスの少女の代わりに結合した。
彼は、少女の掌の中で果てた。射精後の少女の稚拙な口淫は彼をいっそう、侘しくさせた。
<3> 翌朝、少女は目覚め、まだ朝日が出てきて間もない時間帯にもかかわらず、下着を装着し、帰宅の準備を始めていた。少女は、またここにきてもいいかと、彼に尋ねた。彼は次があるのかと、嬉しく思い、快諾した。彼は昨夜の苦悩と恍惚と哀惜の疲労がいまだ抜けきれておらず、少女を某駅まで、送り届けることはせず、玄関先で別れた────
その数日後、彼女の連絡先は彼のSNSから消えていた。ブロックされたのは明白だった。
彼は彼女と始めて会ったその日の晩のことを思い出していた。
彼女の「シたかったらいつでもいってね」という発言が、耳からこびりついて離れず、それがこちらの紳士性の試験を意図したものであった可能性について、考えた。
彼には確かにあの晩に、彼女の誘惑を振り切り、紳士を演じ切る選択肢も残されていた。
しかし、あの瞬間、彼女の悪気を微塵も感じさせない、手淫と口淫についてのそれが、彼のうちの何かを破裂させたのはたしかだった。
少女のうちに認められた娼婦的自尊心を養うためでも、単なる性慾を発散するためでもなく、そこにあったのは、みずからと目の前の少女の置かれている人生の境涯への端的なさびしさ、だけであった。 さびしさが極限に達したとき、性搾取やグルーミングや悲劇趣味への冷笑といった、あらゆる念頭の観念は消え去って、そこにあるのは、底なし沼の、ぬかるみの、麻薬的の恍惚にまみれた、醜い醜い男と女、ただ、それだけであった。
