去年の今頃-或る感傷的風景-

ぼくの誕生日は10/15である、これを書いているのが10/12であるため、もうそろそろ誕生日を迎える時分である。今年でぼくは23歳になる訳だが、誕生日を迎えるにあたって、昨年の誕生日を自分がどのように過ごしていたのかを振り返ることにする。
昨年の誕生日は当時もう交際関係の破綻していた元カノと過ごした。吉祥寺の駅の構内で待ち合わせて、ぼくの趣味の洋服のセレクトショップに同伴してもらうべく、井の頭線に乗り換え、神泉駅へ向かった。しかしながら、そのセレクトショップは要予約制であり、一日あたりの来客者数に限りがあるため、今日はもう対応できないと断られてしまった。ぼくは同伴してもらった彼女に申し訳なさを感じつつ、せっかく神泉まで来たのだから少し散策しようかと提案した。彼女は快諾してくれた。近所の公園を散策し、ヴェンダースの映画に登場してもおかしくないような、隈研吾的意匠の施された公衆トイレを発見し、それを写真に収めるなどした。彼女は大学の写真サークルの先輩(正確にいうと年齢的にはぼくより二個下なのだが)で、いつも外出の際は一眼レフを持ち歩いていた。
神泉の逍遥も限界を迎え、もう一度井の頭線に乗って吉祥寺駅に戻り、ここからは予定通り吉祥寺でディナーを取ることにした。しかし、去年はコロナ禍の煽りもまだ些少ながらにあったのか、どこも閉店時間が早く、19時を回ってもいなかったにも関わらず、入れる店が見つからなかった。唯一空いていたのは北欧料理を提供する個人経営の小洒落たレストランで、そこにぼくたちはほっと胸を撫で下ろしつつ、入店した。5,000円かそこらの学生身分に適当な値段のコースを注文して、ぼくたちは他愛もない会話をしながら食事をとった。
「今日は一緒に付き合ってくれてありがとう」
「いや、正直面倒だったんだけど、誕生日だって言うから仕方なく来たんだよね」
「そうなんだ…」
面倒、この面倒という言葉が一年が経過しようとしている今でも耳にこびりついて離れない。ぼくは勿論、誕生日を一緒に過ごしたいと思うほどには彼女のことが依然好きだった。しかしこの面倒という言葉に集約されているように、彼女のぼくに対する好意の薄弱は目に見えていた。ぼくは自分が振られた側なのだから当然それはわかっているつもりではあったのだが、やはりはっきりと面と向かって口にされると沈鬱な気分にさせられた。そして、誕生日というメモリアルかつ非日常的な時間を、それがもう仮に影も形もなく消え失せてしまっていたにせよ、あくまでロマンチックに、擬似的に演出する配慮すら欠けている彼女の頭の悪さを軽蔑した。あるいは彼女はぼくを勘違いさせないために、あえてこのような冷淡なそぶりを見せたのかもしれないけれど。
話が些か脱線してしまった。彼女は慣れない手つきでナイフとフォークを使いながら、皿に
少しずつ上品に盛られた白身魚カルパッチョやムニエル、テリーヌ、そのほか様々な何で構成されているのかよくわからない料理を口に運んでいた。
割り勘で会計し、店を後にして、ぼくは彼女の腕に手を回した。その日はシャツにパーカーを着ても若干寒いくらいの気温だった。彼女の最低限の良心やサービス精神も手伝ってか、彼女は嫌がる態度もみせず、ぼくのかくのごとき仲睦まじき恋人相手にするような挙動を黙って受け入れてくれていた。時間も遅く、彼女の家はぼくの当時住んでいた実家の小金井よりも更に西の方だったから、彼女はぼくの家に泊まることになった。懇願して泊まってもらったと言った方が表現としては適切だろう。彼女は当然、すでに別れた男の家になど上りたくはなかっただろうが、ぼくの方から無理を言って、今日だけは一緒に夜を明かしたいと、頼んで説得したのだった。
そこからはあまり書くべきことはないかもしれない、彼女はぼくの家に来て、恋人同士であった頃と同じように、頬を紅潮させ恥ずかしがりながら、ぼくの母に挨拶をし、そそくさと逃げるようにぼくの二階の部屋へと上がった。
ぼくの部屋に入ってからも居心地が悪そうに隅の方でなぜか体育座りをしていたので、ぼくは「おいでよ」と言って、彼女をベッドの方へと呼び寄せた。自室という閉ざされた二人だけの状況がぼくらの冷え切った関係にほんの少しの情愛のエッセンスの付け入る間隙をつくり、ぼくらはつい数ヶ月前と同じような甘い雰囲気になった。
部屋の電気を消して、彼女に接吻をし、ぼくは首や耳といったあらゆる彼女の性感帯を刺激した。勃起したペニスにあらかじめ用意してあった避妊具を装着し、彼女の膣内へと挿入し、正常位で、できるだけ身体を密着させながら、彼女の体温を最大限に体感しつつ、ぼくの哀しみとよろこびの葛藤的に混交した快楽は絶頂に達した。不思議と付き合っていた頃よりも、内容的に充実した性交渉を実現したという実感があった。彼女は下着は外してしまって、白くて薄いキャミソールのみを着用していた。恋人関係の回復を予期させるほどの甘美を備えたセックスの余韻をぼくらは噛み締めながら、汗ばんだ肢体を仰向けにして、半時間ばかりの休息を得た。
「今年の、22歳の目標とかあるの?」
彼女は隣で横臥するぼくに尋ねた。
「うーん、どうだろうな、とりあえずは精神分析が今俺の中でブームが来てるから、それを個人的に勉強しつつ、大学の単位もできるだけ取ってって感じかな」
「なんかあんまり今と変わらなくない?」
「それはそうだよ」
こうした無内容な会話を彼女とできているという事実がいま振り返ってみるとあまりにもぼくには幸福だった。ここまで読まれた読者は薄々、いや明瞭に感じ取られていると思うが、ぼくは今でも彼女のことを忘れていない。彼女と別れた後にぼくのことを好いてくれ、交際関係に発展した女性もないことはなかった。がしかし、これはその後の彼女たちには大変失礼極まる話なのだが、この去年の10/15を一緒に過ごした彼女と記憶の中で比べるたびに、目の前の相手に対して喚起される情愛の程度の希薄を認めざるを得なかった。
ぼくはもう彼女との関係が破綻したこともあって写真サークルも辞めてしまったし、LINEやインスタその他あらゆる連絡手段を実際遮断されているから、彼女とコネクトする方途は現状皆無と言って差し支えないだろう。
偶然大学のキャンパス内ですれ違ってアイコンタクトと同時に会釈をする程度のコミュニケーション、それくらいしかぼくたちにはもう接点が残されていない。

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これはぼくの自室にて撮った彼女の写真である、日付は9/22とあるので、誕生日に撮影されたものではない。ちなみに彼女の写真は殆どぼくのフォルダに残っていない。消去したとかではなく、彼女がぼくに写真を撮られるのを嫌がったためだ。これは数少ない彼女の雰囲気を写す写真のうちの一枚である。