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【社会】いじめとヒエラルキーについて

社会

はじめに〜

僕はお笑いを見るのが好きで、特にエンタの神様とか。拝見しているとドランクドラゴンのネタで「若者はなぜキレやすいのか」という学生討論を主題としたものに関心を持ちました。

少し自分の意見を展開、放出したいと思い当ブログを開設し、今に至るという訳です。

序論〜

まず、「若者はなぜキレやすいのか」という風化しつつある議題から着手しましょう。

(ここでの“キレる”はあまりにも安易な、正当な理由なく、行われる暴挙とも言える行為を示唆します。)

 私としては、若者がキレやすいのは、いわば当然の事象と言えます。

最大の要因は守るものがないからでしょう。

年齢を重ねるにつれ、体裁や外見を維持することが常になり、あらゆる行動に打算や摩擦が発生します。

ある程度の精神年齢に到達すれば、損得勘定が必至になる生物なのです、損をする可能性の方が圧倒的高い“キレる”なんていう形で激昂する人間=守るものがない人間であると言えるでしょう。

まぁ、例外的にそれを理解した上で‘‘キレる”を断行する場合もありますが、心証というあまりにも大きな対価を支払う覚悟を帯びた‘‘キレる”をするのはまず子供ではないです。

そうすると、結果的に親に守られ、学校に守られ、先生に守られ、社会に守られている全面的に依存状態である子供が傾向として強く見られるのは、当たり前の話です。

では、この実情を説明した上での改善策を提示していきます。

正直なところ、キレる人間を生成するか否かは人格形成に多大な影響を与える環境にかかってきます。

また、キレる人間は大半が先天性だと僕は思います、生まれながらに決定される性格は抗えない部分があるのは確かです。

そこで、処方箋となるのが環境とそれに付随した反省効果です。

キレる人間の集合体みたいなところに、その性質を持つ人間を投入すれば更に拍車がかかり、

非行や犯罪にまで進行する恐れがあります。

キレる人間は、自分がキレることで周りを黙らせることに快楽を覚え、キレることを利用していきます。しかしそれは、諸刃の剣で使用者本人に錯覚が発症するというものなんです。

その錯覚は、己の築いた虚構的で圧制的な関係に気づかず日常を過ごしていきます。

その先にあるのがいじめや孤独です。

勿論、いじめに遭わずに更正する人間もいます。

過去の横暴の観点から、いじめといっても物理的ないじめではなく、空気を作るいじめが多用されます。

民意を盾に彼等は空気を醸成し、察知させ精神的に追い込んでいきます。

最終的な帰着点としては対象者の反省と萎縮と同時に、終息するでしょう。

しかしこれは良い兆候で、極めて逆説的なのです。いじめを経験し更正する人間もいるということを知って欲しいですね。

 

本論〜

さて次は、『「若者はなぜキレやすいのか」に連関する学校に於けるいじめ』

序論の終盤で話した通り、結果的に功を奏すいじめも存在します。しかし、実際は真逆の場合が多いです。

いじめとは「集団の中で異物を発見し、それを排斥しようとする流れ」のことです。

発端は多様で容姿、経済力、性格など。

では、どう根絶するか?それは不可能です。

いじめを未然に防ぐなんていうのは夢想家の妄言です。何故なら発覚するのは起こってからですから、ストーカーのような実害の兆候なんて皆無です。

では、後処理はどうするのか?という話に論点を変えます。

これは私立公立で大きく対処法が変わります。

私立ならば退学という手段を学校側が所持しているため再三の、注意の後社会的制裁を下すことが可能です。

しかし、厄介なのが公立です。

私立は比較的家柄の関係もあり、いじめが生じにくい環境です。

環境的な問題もそうですが、退学という手段を講じることが不可能という点です。

いじめをしても無罪放免というわけです。

だから生徒も親とある程度のタカをくくっており無関心さが目立ちがちです。

いじめは一過性、よく言います。

しかしそれは刹那的だけど、深刻で陰惨な時間を普通に過ごせたら、の話です。

相手は対象のリアクションが見たいのです、それに抵抗すれば更に活性化します。

それは地獄のように我慢が蓄積していく毎日です。その蓄積の反映が不登校です。

相談しても、対処法がない公立には何の手立てもありません。(自殺でもして警察沙汰になれば別ですが。)

こうなると環境を変えるしかないのです。

可笑しい話です、原因はあるかもしれないが実行した人間を排除出来ないなんて。

ですから、危険因子を潰したいのであれば私立に入学させるのが適当かと思います。

ですが私立も万能ではありません、発覚していないいじめも当然あります。

何故私立を推奨するかというと、やはりリスキーだからです。

私立は、いじめをしたら退学になるという論理を生徒に植え付けます。

これが根本的解決になっているかと言われれば微妙なところですが、起きないことが最優先です。このような学習効果が得られるのは、洗練された私立の特権だと言えるでしょう。

 

結論〜

いじめっ子の深層心理とは?

では、元いじめっ子である僕の経験をもとに説明していきましょう。

これはヒエラルキーも絡んだ難題です。

いじめっ子は基本的にカースト上位です。

何故なら、民意の体現者だから。

心の底では、いじめに加担しているが体裁維持のために参加しない傍観者たちのね。

状況的にも社会的にも許されている、ここまでの条件が揃っているのにも関わらずいじめない理由があるでしょうか?

いじめっ子の思考はこうです。

「あいつムカつくな、いじめてやろう→独断はやめよう、みんなはどうだろう→許されているようだ、実行しよう」

決定権は常に実行者以外が所持しています。

しかし実行者は相当なリスクを背負っているので、それ相応の報酬もあります。

それがヒエラルキーです。

しかしそのヒエラルキーは麻薬です、当事者を錯覚させます。いわゆる正当化です。

学校では格差が全てです。その格差が自分を許しているならこれくらいの愚行は仕方がないことなんだ、と。

この悪循環の中でいじめは生存し続けます。

学園ヒエラルキーといじめの関係はとても密接だと僕は思いました、現に今ある地位を維持するためにいじめに及んでいた部分もあったかもしれない、

皆さん気づいているかもしれませんが、いじめっ子というのは不幸な人種なんです。

ヒエラルキーに依存しないと生きて行けないのです。

 

おわり

【補足】

いじめを解消する国家的な対策を一つ提示します。いじめによる自殺、最近散見されます。

その報道のあり方を変えるだけで、危機感を与えることが出来るのではないかということです。

遺書や父母の号泣、辛辣ないじめの内情。

これらをより克明に報道することにより、現実味を帯びさせいじめっ子への制止、そして未だ死んでいない生徒を救う手段になり得るのではないかと。

【感想】

正直、自分の稚拙さに驚きました。

次はもう少し整った文章を書きたいです。